祇園祭2011
| 行事 | 鉾建て | 曳初め | 祇園祭マップ | 山鉾 | 屏風祭 |
| 宵山 | 日和神楽 | 山鉾巡行 | 花傘巡行 | お神輿 | お稚児さん |
| 長刀鉾 | 函谷鉾 | 月鉾 | 郭巨山 | 四条傘鉾 | 役行者山 | 黒主山 | 鯉山 | 山伏山 | 菊水鉾 |
| 鶏鉾 | 白楽天山 | 八幡山 | 北観音山 | 南観音山 | 放下鉾 | 船鉾 | 岩戸山 | 鈴鹿山 | 孟宗山 |
| 蟷螂山 | 油天神山 | 太子山 | 浄妙山 | 橋弁慶山 | 占出山 | 霰天神山 | 綾傘鉾 | 伯牙山 | 芦刈山 |
| 木賊山 | 保昌山 | 休み山→ | 布袋山 | 大船鉾 | 鷹山 |
| 函谷鉾(かんこぼこ) | |
| 鉾頭には、山の上に月をあしらう。函谷鉾は、中国戦国時代の四君の一人孟嘗君(もうしょうくん)が鶏の鳴きまねの上手な食客に函谷関を開かせ脱出できた古事に名を由来する。 装飾・踊り 屋根裏の金地著彩鶏鴉図(きんじちゃくさいけいあず)は今尾景年(いまおけいねん)(1845~1924)の筆、前掛は、旧約聖書創世記の場面を描いた16世紀末の毛綴(タペストリー)はゴブラン織りで、16世紀にベルギーで製作されたで重要文化財である。 水引は山鹿清華(やまがせいか)作の手織群鶏図(ておりぐんけいず)、胴掛は梅に虎を織り出した李朝製の朝鮮緞通、花文のコーカサス緞通、玉取獅子文中国緞通の三枚継ぎである。 見送は古く弘法大師真筆(しんぴつ)と伝える紺地金泥(こんじきんでい)の金剛界礼懺文(こんごうかいらいざん)と天保年間(1830~44)に河辺延之の模織(もしょく)したものがあるが今は皆川泰蔵作「エジプト天空図」にかえている。 この鉾は天明の大火(天明8年・1788)で焼失、五十年後の天宝10年(1839)に再興され、それ以後、昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう)の兄実良卿をモデルにした「嘉多丸(かたまる)」という稚児人形を用いている。また、欄縁金具は蓮田修吾郎作の「梅と鶯金銅浮彫」である。 由来・歴史 鉾の名は中国戦国時代(前403~221)斉の孟嘗君(もうしょうくん)が鶏の声によって函谷関(かんこくかん)を脱出できたという故事にちなんで付けられている。 鉾頭の月と山型とは山中の闇をあらわし、真木のなかほどの「天王座」(てんのうざ)には孟嘗君、その下に雌雄の鶏をそえている。 2011年 錺(かざり)屋根の金箔(きんぱく)を押し直したり、金具の汚れを洗い落とし、作られた126年前の輝きに近づけた。 |
|
|
![]() |
| 郭巨山(かっきょやま) | |
| ご神体は、貧困ながら母に孝養をつくしたい郭巨が自分の子供を山に捨てに行ったところ黄金の釜を掘り当てた中国の史話二十四孝の古事に由来する。 装飾・踊り 山に飾る人形(御神躰)の郭巨と子供は寛政4年(1792)金勝亭九右衛門利恭作といい、前掛は天明5年(1785)作の唐美人遊楽図(とうびじんゆうらくず)の綴錦、胴掛の刺繍呉道子と陳平図は石田幽汀(いしだゆうてい)(1721~86)下絵で天明5年(1785)松屋源兵衛の作。 見送は、文化12年(1815)作円山応震(まるやまおうしん)(1790~1838)下絵の山水人物図綴錦もあるが、近年「漢詩文」のものが用いられ、また、19世紀ペルシャ絨氈(じゅうたん)もある。 古見送として別に紺地金絲縫賀寿之文(こんじきんしぬいかじゅのふみ)一幅を蔵している。 この山に限って金地彩色法相華文の乳隠し(これは山の胴掛がまだ幔幕風(まんまくふう)であったころ幕の乳を固定したところを覆い隠す板であったという)が用いられ、また屋根覆いをかけている。 由来・歴史 「釜掘り(かまほり)山」ともいわれる。中国の史話二十四孝の一人郭巨釜掘りの故事にちなんで造られているのでこう呼ばれる。 後漢の人郭巨は貧困のため老母と三歳になる男子を養えなくなり、悩んだ郭巨は遂に「家貧乏にして児を養育する事難し、是を育てんと欲すれば老親への孝の妨となる。又、老母が食を割いて孫に給与せらるる事も孝のさまたげとなる。故に今、汝と共に子を捨て、母を養わん。児は再び有るべし、母は再び得べからず。」と決心を妻に告白した。夫の悩む姿を見続けていた妻もその言葉に服したので、郭巨は児を埋めるべく地を掘った。 郭巨が鍬を振り降ろすと地中より黄金一釜(六斗四升、五升の説も)が出てきた。一札あって、母に孝養を尽くせたという。 |
|
|
![]() |
| 鯉山(こいやま) | |
| ご神体は、1m半にもなる鯉で、黄河龍門の滝を登った鯉は竜になるという登竜門に由来。前懸・胴懸・水引・見送は、16世紀ベルギー製タペストリーでイーリアス物語の場面を描写している。 装飾・踊り 御神体の鯉は全長1メートル50に及ぶ木彫の見事なもので名工左甚五郎作と伝えられている。鯉山の周囲を飾る毛緞(タペストリー)は、B・Bのイニシアルに依って、16世紀にベルギー(当時はブラバン州)のブリュッセルで織られた壁掛であることが判明した。もとは一枚の壁掛から「見送り」「胴掛」「前掛」「水引」が作られている。 また、この壁掛の図柄は、最近の調査に依り古代ギリシャの詩人ホーマー作で、トロイ戦史を綴った叙事詩「イリアッド」物語の中のプリアモス王と后がゼウスの神に鳥占いを乞うという重要な場面を描いたものであるといわれている。 このように鯉山の毛綴は世界的にみても極めて重要なもので国の重要文化財に指定されている。 別に旧胴掛として更紗のものが保存されている。 由来・歴史 中国の故事(登龍門)にちなんで作られた山である。山の上に大きな鯉が跳躍しており、龍門の滝をのぼる鯉の奔放な勇姿をあらわしている。前面には朱塗鳥居をたて山の奥には朱塗の小祠を安置しスサノオノミコトを祀る |
|
|
![]() |

















































