祇園祭

祇園祭

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屏風祭 お稚児さん 山鉾巡行 花傘巡行 神幸祭・還幸祭

「平成女鉾」とは

祇園祭への参加を目指し、1996年に誕生した女性だけの囃子方による「平成女鉾清音(さやね)会」。八坂神社より櫛稲田姫命をご神体として迎え、函谷鉾の囃子方の指導のもとで、日々練習を重ねています。
「平成女鉾清音会」は50余人の女性囃子方を中心に、祇園祭参加を目指し、日々練習を重ねています。
従来の「町」単位ではなく、祇園祭を愛する誰もが参加できるコミュニティで支えられています。

平成女鉾 平成女鉾 平成女鉾


「休み山」とは

天明、幕末の大火によって、その山や資料を焼失。
財政的、人員的な理由等で復活・運営が困難で、現在は巡行には参加せず、
焼け残った懸装品を飾りながら出番を待ち続けています。


布袋山    

布袋山お飾り:7/1~/17
かつての山がどの様な形態であったかは現在のところ不明ですが、『祇園祭礼巡行図巻』によると、布袋さんのかぶり物で巡行に参加している様子が描かれているそうです。
噂によると、いつかその布袋さんの巡行参加を復活させようという動きがあるとか...?
7/1~/13は山に関連するもの、7/13~/17には布袋像と二童子が飾られます。
近年、布袋山の護符の版木が確認されました!


鷹山    

大船鉾お飾り:7/15
「鷹匠」「樽負」「犬飼」の御神体が並んで飾られます。
この「鷹匠」と「犬飼」は、源頼朝、もしくは在原行平と言われ、真ん中の「樽負」は粽を食べているという、ユニークなもの。

『細川家絵巻』によれば、屋根が無く、かなり大きな曳山だったようです。
「太郎山」「樽負山」とも呼ばれ、樽の中の御神酒(ご神水?)には疫病退散の力が宿っているのかもしれません。
寄付された見送「染彩猛禽之図」は皆川月華の作。

お囃子を伴う大型の曳山だったが元治の大火(1864)でほとんどのものを焼失。
  • 住所:中京区三条通室町西入衣棚町


復活した休み山「綾傘鉾」

元治元年の火災で焼失。天保5年に小型の鉾に改造されて巡行に参加。
明治12年から17年まで徒歩囃子の形で巡行しましたが、その後途絶えていました。
昭和48年頃から復興の声が再び上がり、町民と壬生六斎会の支援で昭和54年に復活を遂げました。