菅原道真
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菅原道真の足跡を訪ねて
東風吹かば にほひをこせよ梅の花 主なしとて 春を忘るな |
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| おすすめコース~北野~御室~吉祥院~ | |
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烏丸今出川バス停
↓(市バス203・51/10分) 北野天満宮前バス停 ↓(徒歩2分) |
| 北野天満宮 ↓(徒歩7分) 京福北野白梅町 ↓(京福電車10分) 京福御室駅 ↓(徒歩5分) |
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| 仁和寺
↓(徒歩3分) 御室仁和寺バス停 ↓(市バス26/15分) 四条烏丸バス停 ↓(市バス43/15分) 吉祥院天満宮前バス停 ↓(徒歩2分) |
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| 吉祥院天満宮 ↓(徒歩10分) JR西大路駅 |
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| 北野天満宮(きたのてんまんぐう) ~道真を祀る~ | ![]() 参道の東向観音寺には 道真の母を祀る巨大な五輪塔が! ![]() 楼門の左側には道真の歌が ![]() おみくじ処。道真の歌が 書かれたおみくじは1回¥100-。 |
| 鳥居をくぐってすぐ左手に「東向観音寺」が。境内には道真の母・伴氏を祀る3mはある巨大な五輪塔がある!もともと参道の伴氏社の辺りにあったが、明治維新の神仏分離時に移されたという。その大きさには度肝を抜かれる!! 北野天満宮は菅原道真が大宰府で死んでから、落雷などの天災が相次ぎ、その祟りを恐れて、約50年後に今の地に創建された。現在の社殿は1607年に豊臣秀頼が造営させたもの。父・秀吉の北野大茶会の碑やその際に使われた太閤井も参道に残る。参道の東には道真の好んだ右近の馬場(かつては桜の名所だったが今はない)西側には御土居の跡(秀吉が作らせた洛中と洛外を区分するための土塁)も残っているので、お見逃しなく! 参道の突き当たりにある大きな楼門。左側には季節に応じて道真の和歌や漢詩の一節が掲示されているのでお見逃しなく。ちなみに今回は有名な「東風吹かば匂い起こせよ梅の花」の歌だった。 楼門を入って右手にある宝物館は普段は25日の天神さんの日のみの開館です。300円の入館料を払うとボランティアガイドの方が説明して下さいます。館内は『北野天満宮縁起』、『北野曼荼羅図』、『日本書紀』『北野大茶湯図』、太刀など、貴重な資料がいっぱいでとても見応えがあります。 境内でひときわ目を引くのが「おみくじを引く所」と大きな文字で書かれたテント。この下に金属製のみくじ筒が10本以上は置いてあります。出てきた番号を社務所に報告しておみくじ(1回100円)をいただくのだが、道真の漢詩の一節を読み解くという変わったものだ。
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| 史蹟 | 説明 | 住所 |
| 水火天満宮 | 菅原道真の怨霊が火雷となって大雨を降らせた伝説にちなみ、水難火難除けの神として信仰されている。 | 堀川鞍馬口下ル |
| 一夜天神堂 | 真が大宰府に左遷される途中、壬生の親戚の家に立ち寄り、一夜の名残を惜しんだという伝説がある。江戸時代に壬生寺の支院の託願上人の夢枕に道真が立って自分を壬生の地に祀るように告げる。ご神体は託願上人作と伝わる一夜天神像だが非公開。 | 壬生梛ノ宮町 壬生寺境内 |
| 長岡天満宮 | 道真が大宰府に左遷される途中に立ち寄り、名残を惜しんだ地と言われ、後に祠を建てて祀ったのが始まり。霧島ツツジの名所でもあり、ゴールデンウィーク頃が見頃。 | 長岡京市天神 |
| 錦天満宮 | 「錦の天神さん」と観光客にも親しまれている。からくり人形が運ぶユニークなおみくじは必見! | 新京極通 錦小路東側 |
| 火除天満宮 | 戦乱を避けて京都に来た大宰府の神官が、六条に道真の像を祭ったのが始め。後、織田信長親子の菩提を弔うため烏丸御池近辺に建てられた大雲院の鎮守社となり、さらに移転に伴い現在の寺町四条に移った。 | 寺町四条下ル |
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