在原業平
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在原業平の足跡を訪ねて
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大原や 小塩の山も けふこそは 神世のことも 思出づらめ 絶世の美男と言われ、数多くの女性との恋の遍歴を重ねた在原業平。『伊勢物語』の主人公のモデルとも目される。桓武・平城天皇の孫ながら臣籍に降下し、政治的には不遇だったと言われているが、意外に出世していたりもする。 5月28日は業平の命日で、晩年を過ごしたとされる大原野の十輪寺では業平忌が営まれる。平安のプレーボーイ・在原の業平の足跡を追って、業平が晩年に隠棲したとされる京の山里・大原野からさんぽを開始してみた。 |
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| おすすめコース~大原野編~ | |
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阪急東向日駅 ↓(阪急バス20分) 小塩バス停 ↓(徒歩1分) |
| 十輪寺 ↓(徒歩30分) |
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| 大原野神社 ↓(徒歩10分) 南春日町バス停 ↓(阪急バス15分) 阪急東向日駅 |
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| 十輪寺(じゅうりんじ) ~業平が晩年を過ごした寺~ | ![]() 境内のなりひらもみじ。 11/23の塩竃祭には 紅葉の天麩羅が振舞われる ![]() 業平の塩焼きの故事にのっとって再現 |
| 阪急東向日駅から阪急バス6号系統で終点・小塩で下車。この便は1日4本(土日祝日は9:05、11:05、13:05、16:05発)しかないので時間に注意して出かけよう。 小塩バス停の目の前にあるのが在原業平が晩年を過ごした十輪寺。通称「なりひら寺」とも言われている。入り口には「5月28日正午より 業平朝臣御忌秘密三弦大法要」と記されている。5月28日は880年、業平が56歳で亡くなってた命日で、十輪寺では業平忌が行われる。いつからかは定かではないが、業平は晩年、大原野に隠棲し、この地で生涯を閉じた。 なりひら寺と言われるだけあって、十輪寺には業平ゆかりの物が沢山残されている。まず、境内に青々とした葉を茂らせている「なりひらもみじ」。11/23の塩竃祭にはこの紅葉が天麩羅にして振舞われます。 神輿型の屋根の本堂を右手に見ながら参道を上ると、天高くそびえる竹の子の後ろに小さな宝篋院塔があった。これが業平の墓。見逃してしまいそうな小さな墓。平安のプレーボーイ・業平の墓かと思うと意外な感じがする。現在では恋愛成就のご利益があるとされ、女性の参詣者が多いそうだ。 更に登ると、塩竃(しおがま)がある。風流人業平はここに塩竃を築き、難波から海水を運び、かつての恋人・藤原高子(二条后)を想い、塩を焼いたという。塩竃は近年再現されたものだが、地形は当時のまま。毎年、11/23には業平を偲び、塩焼きが再現されている。 本堂の中には業平画像や業平と高子をテーマにした襖絵も見られる。大宇宙を表現した三方晋感庭も必見。渦巻き型の盛り土がユニークだ。 事前に予約すれば「業平御膳」もいただける。
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| 大原野神社(おおはらのじんじゃ) ~藤原高子の参詣を寿ぐ~ | ![]() 業平の想い人・ 藤原高子が参詣した大原野神社。 ![]() 大原野神社の神の使いは 春日大社と同じく鹿 |
| 大原野神社は長岡京に遷都した際、藤原氏の氏神である春日大社を勧請したものである。藤原氏出身の后は、この神社に参詣することを通例となっており、藤原長良(冬嗣の子)の娘である高子も東宮の御息所と呼ばれていた貞観18年、大原野神社に参詣した。この時、かつての恋人・在原業平も右近衛権中将として、高子の行幸に付き従っていた。 大原や 小塩の山も けふこそは (大原野の小塩の山も御息所様の行幸を祝して、 ご先祖の神が降臨した昔の事を思い出していることでしょう) 高子が車から直接引き出物を渡した時に業平の詠んだ歌。普通に聞けば行幸を寿ぐ祝賀の歌。しかしその言葉の裏には昔(高子の入内前)の恋を偲ぶ気持ちが交錯していた・・・。 春日大社の鹿が神の使いとされ、猿沢の池を模した鯉沢の池がある大原野神社。辺りは緑に囲まれ、清浄な雰囲気に満ちている。奈良の昔を想いつつ、恋人同士だった昔を、二人は思い出していたのかもしれない・・・。
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| おすすめコース~市内編~ | |
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上賀茂御薗橋バス停 ↓(徒歩5分) |
| 上賀茂神社内岩本社 ↓(徒歩10分) 地下鉄北山駅 ↓(地下鉄烏丸線10分) 烏丸今出川 ↓(市バス203/15分) 銀閣寺道バス停 ↓(徒歩15分) |
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| 業平塚 ↓(徒歩15分) 東一条バス停 ↓(市バス206/10分) 東山安井バス停 ↓(徒歩5分) |
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| 恵比寿神社内岩本稲荷 ↓(徒歩15分) 地下鉄東山駅 ↓(地下鉄東西線7分) 地下鉄烏丸御池駅 ↓(徒歩3分) |
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| 在原業平邸跡 ↓(徒歩3分) 地下鉄烏丸御池駅 |
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| 上賀茂神社内 岩本社(かみがもじんじゃない いわもとしゃ) ~業平を祀る~ | ![]() 業平を祀ると「徒然草」に記された岩本社。 岩の上にあるから岩本社とも。 何故か海上安全守護の神。 ![]() 業平を祀ったと混同された という橋本社は和歌の神様。 |
| 上賀茂御薗橋バス停からスタート。賀茂川にかかる御薗橋を渡ると葵祭の終点として有名な上賀茂神社にたどり着く。新緑の眩しい境内は清浄な雰囲気に満ちている。 境内の一角に『徒然草』に業平を祀ると記されている岩本社がある。・・・とはいえ、境内は広く、小社も多いので、なかなか見つからない。神社の方に尋ねてみると、御手洗川を渡ってかなり奥、昼なお暗い木立に囲まれた岩の上に岩本社はひっそりと鎮座していた。説明板を読むと祭神は花筒男神、中筒男神、表筒男神の三柱。海上安全守護の神だそうだ。はて?業平とどう関連があるのだろう? 境内を巡っていると神馬堂の近く(御手洗川の裏)に橋本社という小社があって、こちらは和歌の神様で、業平と関係がありそうだ。 家に帰って『徒然草』第67段を読んでみると、吉田兼好の生きた鎌倉末期から業平を祀る岩本社と藤原実方(平安時代の歌人)を祀る橋本社が混同されがちだったそうだ。 月をめで 花をながめし いにしえの やさしき人は ここに在原 慈円和尚も上賀茂の岩本社の前でこのような歌を詠んでいる。「やさしき人」という言葉が女は勿論、惟高親王ら男の親友にも優しかった、業平を端的に言い表しているような気がする。いつの時代にも、風流人・業平は憧れの的だったのだろう。
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| 業平塚(なりひらづか) ~吉田山の山頂にもあった業平の墓~ | ![]() ![]() えっこんなに小さいの? 業平が可愛そうになるくらい粗末な業平塚。 ![]() 吉田山山上の竹中稲荷神社。 この裏に業平塚がある。 |
| 業平は880年、大原野の十輪寺で56歳の生涯を終えたが、吉田山の奥に葬るように遺言したとも伝えられている。江戸時『暁筆記』という江戸時代の書物には「(業平を)東山の吉田の奥に納めて廟を作る」という記述があるそうだ。現在でも吉田山の山頂近くの竹中稲荷神社の北側に、業平塚があると「時代別京都を歩く」(蔵田敏明著)をいう本で知り、訪ねてみることにした。 バスを銀閣寺道で降り、吉田神社の東参道から吉田山に登る。鳥居がずらりと並ぶ参道を登りきると竹中稲荷神社と天満宮が並んで建っていた。竹中神社の説明版には「古記に在原業平の居を神楽岡の稲荷神社の傍らに卜す云々とある」と書いてあったが、業平の墓を移したという意味なのだろうか? しかし、肝心の業平塚が見当たらない。参詣に来ていたご婦人に伺っても「さあ、業平塚?知らないねえ。」と言われてしまった。自力で探すしかない。竹中神社の裏手には白滝大明神、杉衣大明神など数々の神を祭った石碑があり、一種異様な雰囲気をかもし出している。しばらく探していると石柱に囲まれた中に五輪塔の頭だけと大きめな石が何個か置いてあり、その石に挟まれて「業平塚」という質素な立て札が立っていた。え、こんなに小さくて質素なの?と驚くくらいの塚だ。「廟」などとはお世辞にも言えない。おまけにゴミまで落ちていた。平安のプレーボーイのお墓がこのザマかと思うと、業平があまりにもかわいそうになり、落ちていたゴミを拾って帰った。 大原野の十輪寺にも質素な宝篋院塔の墓があったが、業平の墓は何でこんなに質素なのだろう?絶世の美男が泣いてしまうゾ(;;)業平の冥福を祈るためにもせめてゴミだけは落とさないでね。
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| 恵比寿神社内 岩本稲荷神社 (えびすじんじゃない いわもといなりじんじゃ) ~業平像がご神体?~ | ![]() 業平像がご神体だと 言われる岩本稲荷神社 |
| 十日ゑびすで有名な「ゑべっさん」こと恵比寿神社。境内の奥の末社の一つに岩本稲荷神社がある。おキツネ様が飾られた外見は、一見普通のお稲荷さん。しかし、この岩本社のご神体は阿仏尼の作と伝えられる在原業平像だそうだ。(『坊目志』) 岩本社は和歌の神様だそうだから、鎌倉の女流歌人・阿仏尼作の平安の歌詠み・業平像が祀られていたとしてもおかしくない。今はお稲荷さんに姿を変えているが、社の中には、業平の魂が宿っているのかもしれない・・・。
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| 史蹟名 | 説明 | 住所 | アクセス |
| 藤森神社 | 深草の藤森神社にも業平が暮らしていたという伝説が残っている。 | 伏見区深草鳥井崎町 | 京阪墨染歩7分 |
| 惟高親王墓 | 大原に隠棲した友人の惟高親王宅を業平は訪れている。『伊勢物語』には男女の愛情ばかりでなく、惟高親王親王と業平の男の友情の話も語られている。 | 左京区大原上野町 | 市バス野村別れ歩10分 |
| 大原香水 | 大原の個人宅に祀られる霊水。惟高親王像を安置している。陰暦6月16日には御香水祭が行われ,惟高親王像が開帳される。業平も惟高親王の元を訪れた時、この霊水を飲んだのだろうか? | 左京区大原上野町 | 市バス野村別れ歩10分 |
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