京のをどり2011
| 東京遷都により京都が忘れ去られるのを恐れて、 1872年(明治5年)に京都博覧会が開かれました。 その余興として舞妓・芸妓を揃えて「舞い」を披露しようと 考え出されたのがその始まりといわれています。 現在で139回(都をどり)を迎え、その伝統を今に引き継いでいます。 このをどりは毎年、京都五花街と呼ばれる 「祇園甲部・宮川町・上七軒・先斗町・祇園東」で 行われていますが、唯一「祇園東」(藤間流)の「祇園をどり」だけは 秋のみの公演となっており、春の開催はありません。 ![]()
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あぁ~、しんど。
期間中は休みなしの1日2~4回の公演が続きます。舞踊は重いかつらと衣装を身につけて踊っているため、まるでダンベルを持って腹筋をしているようなものです。1回目の公演はお昼ごろから、最終回は夕方。でもこれで終わりではありません。1日の公演の後には、芸妓さんたちの本当のお仕事である「お座敷」が待っています。ほっとできるのは真夜中頃だとか。本当にお疲れ様です。
地方さん ~じかたさんと呼んでおくれやす
地方(じかた)さんとは、三味線・笛などの鳴り物を演奏する人のことです。地方さんの数は年々減る一方で、鴨川をどりではテープ伴奏を使うまでになっています。昔はその数も多く、芸が出来上がっていないと舞台には出られなかった程、修行をつむ厳しい世界だったとか。今ではほとんどが60代を超えた高齢社会になっているとのことです。
お土産やさかいに…。
どの会場にもお茶席が用意されています。お菓子がのっているお皿は、堂々とバッグにしまって記念品として頂いて帰りましょう。
祇園に甲と乙が?
祇園甲部というのは祇園の花街を二分したもので、四条通りから南側を「祇園甲部」に対して、北側を「祇園乙部」といいます。しかしこの呼び名は昔の話で、戦後は「東」と呼ばれるようになりました。祇園甲部歌舞練場は、祇園甲部の芸妓さんや舞妓さんの踊りの練習場として建てられたもので、客席はおよそ1,200席ほどあり「都をどり」の会場としても知られています。1階のいす席が外国人観光客には狭いため、810席から580席に減らしいすを広くし余裕を取るように改装しました。
祇園・うら話
舞妓さんの髪は自毛ですが、芸妓さんになるとカツラでいいのです。 楽屋裏を通ると、カツラをはずした、芸妓さんが携帯電話でお話をしていたり・・・。
舞妓さん・芸妓さんといえば「お茶屋」
舞妓さんや芸妓さんが生活しているのが「置屋」、お座敷で客人に舞を披露したりする酒席の場を「お茶屋」といいます。でも、このような世界は基本的には「一見さん、おことわり」の文化があって、お茶屋さんに馴染みの方に紹介して頂いたり同伴して頂くのがお茶屋に入る近道になっています。そこで、当サイト主催の京都倶楽部どっとこむが「お茶屋ホームバー」をお馴染みさんに代わってあなたにご紹介致します。お茶屋さんのホームバーで女将(おかみ)さんと顔見知りになると、舞妓、芸妓、地方さんをお座敷に呼んであなただけの「春のをどり」を開くことが出来ます。ご予算に応じて色々お手伝いさせて頂きます。



