祇園特集

キーワードで知る祇園
- 祇園
-
祇園町ともいい、東は八坂神社、南は建仁寺、西は鴨川付近、北は新橋通のエリアを指します。鎌倉時代から祇園社(八坂神社)の門前町として、江戸時代からは遊興の町として発展しました。花街と高級料亭、スナックが密集する一大繁華街ですが、対照的に喧噪を忘れさせる寺社が混在するのも魅力の人気スポットです。
- 八坂
-
八坂神社を中心とした地域の名称です。付近に高麗系渡来氏族・八坂造(やさかみやつこ)が居住していたことからこの名が生まれたと言います。 平安中期以降祇園御霊会の中心地となり、江戸中期からは茶屋町として発展しました。
- 八坂神社
-
祭神に素戔嗚尊(すさのおのみこと)、その妻・櫛稲田姫命(くしいなだひめみこと)、子・八柱御子神(やはしらかみ)を祀り、古くから疫病除けの神として信仰を集め、一般に「祇園さん」と呼ばれ親しまれています。
社伝では平安遷都以前よりこの地に祀られていたとされています。観慶寺(別名「祇園寺」)という寺があり、その広大な寺域内にあった「天神堂」が八坂神社の前身といいます。明治維新まで祇園社、祇園感神院、祇園天神社、牛頭天王社等と呼ばれていました。
朝廷から民衆まで全国に広く崇敬されるようになり、現在この神を祀る神社は三千余社に及びます。
[スキマ情報]
869年に疫病が流行した際、この神にお祈りして(御霊会)始まったのが祇園祭です。 常磐新殿の喫茶室では「厄除けぜんざい」 を頂くことができます(9時~夕刻)。
[関連リンク]
八坂神社
- 本殿(重文)
-
かつて別棟だった拝殿と本殿を一つの大屋根で覆った「祇園造」です(重文)。徳川家綱が再建しました。
- 西楼門(重文)
-
祇園の待ち合わせスポットとしてお馴染み。東大路通りに面しています。 応仁の乱で焼失後は1497年に桧皮葺となって再建され、永禄年間に瓦葺きになりました。大正2年の四条通拡張に伴い移動、翼廊を建て現在の姿となりました。現在の狛犬は大正15年に献納されたもの。
[スキマ情報]
小屋根の桟が駕籠のにない棒に見えることから西駕籠門と呼ばれたそうです。
西楼門には蜘蛛の巣が張らず、雨だれの跡も付かないのだとか。
- 舞殿
-
八坂神社の奉納行事の舞台となります。神社の拝殿が、舞台の様に独立した形式です。
お茶屋や飲食店などの屋号が記された300もの提灯が圧巻。いかに多くの氏子から支持されているのかが伝わって来ます。
- 祇園祭山鉾館
-
「祇園祭山鉾」ならびに「京都祇園祭の山鉾行事」は国の重要有形民俗文化財に指定されています。
各山鉾は、巡行後に解体されて各町会所の蔵等にしまわれますが、昭和43年に建設された祇園祭山鉾館は、当時保存が困難な状況にあった山鉾10基(木賊山、芦刈山、伯牙山、郭巨山、油天神山、太子山、浄妙山、黒主山、孟宗山、岩戸山)を収蔵しています。各収蔵室の扉上の扁額は、当時京都在住の芸術家達の揮毫です。
- 忠盛灯籠
-
「平家物語」の平忠盛と白河法皇のエピソードにちなみます。白河法皇が平忠盛を伴い、祇園女御に会う為の道中に祇園社を通っていた時に、北の森に明かりがつき何かの姿が浮かび上がりました。忠盛は冷静に正体を見極めようとすると、それは蓑を着た祇園の社僧が燈籠に火を入れている姿である事が分かりました。その事から、この燈籠は忠盛灯籠と呼ばれるようになりました。
- 南楼門
-
八坂神社の正門。三位一体を表すため、南の楼門が高くなって舞殿や本殿と同じ高さになっている様が、七不思議の一つと言われています。
- 祇園の御神水
-
地下90mからの湧水です。噂によると、八坂神社の本殿下に竜穴という底無しの井戸があり、神泉苑や東寺に通じていると言われています。「力水」とも呼ばれ、この水を飲んでから境内の美御前社にお参りすると美人になれるとされています。
- 藤屋と空也上人ゆかりの井戸
-
この井戸がある場所には、藤屋という茶店がありました。八坂神社への参詣者が藤屋の井戸水を汲んだ白湯を飲んで清めてからお詣りしたので、きよめの茶屋とも呼ばれました。
925年に醍醐帝が疱瘡を患い、諸人も病に苦しみました。それを見かねた空也上人は八坂神社に参籠して病気平癒を祈念、その際にこの井戸の水の白湯を諸人に施したところ、飲んだ人々が癒されたといいます。その後に藤屋の向かいにもう一軒の茶屋(現在の中村楼)ができ、共に二軒茶屋と呼ばれて人々に親しまれました。
- 境内摂社
- 疫神社(蘇民将来社)、・商売繁盛の蛭子社(重文)、料理人の信仰対象の刃物神社、芸事の神様・太田社、財福、芸能、美貌の神とされる美御前社や、素戔嗚尊の荒魂を祀る悪王子社等があり、それぞれに祭日があります。境内の石鳥居は重文です。
- 北向蛭子社(重文)
- 福の神、商売繁盛の神として親しまれている「えべっさん」は、八坂神社の祭神・素戔嗚尊の孫神にあたります。1月の「初ゑびす」では蛭子船が出ます。現在の社殿は1646年建造で、国の重要文化財に指定されています。
[スキマ情報]
日本の寺社は通常北向きにしないされていますが、この蛭子社だけは何故か北向きに建てられています。
-
- ふれあい「えびす像」
- 訪れる人々と祇園とのふれあいを深められるようにと、祇園商店街振興組合と四条繁栄会商店街振興組合が奉納したもの。
-
- 疫神社
-
西楼門を入って東側にあります。昔、八坂神社の祭神・素戔嗚尊が諸国を巡り、日暮れに一夜の宿を請うたところ、裕福であった巨旦将来(こたんしょうらい)は貸さず、貧しかった蘇民将来は粟殻で座を敷き、粟で作った粥で厚くもてなしました。そこで素戔嗚尊は後年に疫病が流行しても茅の輪を付け「蘇民将来子孫也」と言えば、疫病より免れしめると約束されました。巨旦将来の子孫は絶えてしまいましたが、蘇民将来の子孫は今に栄えています。
[スキマ情報]
疫神社の石鳥居には額が無く、貫に疫神社と彫ってあるので、八坂神社の七不思議とされています。
-
- 美御前社
-
美を象徴する多岐理毘売命(たぎりひめのみこと)、多岐津比売命(たぎつひめのみこと)、市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)が祀られています。 素戔嗚尊が天照大神と誓約(うけい。古代の占い)をしたとき、素戔嗚尊が持っていた十拳の剣をふりすすいだ時に生まれた三柱の女神です。宗像三女神といい、清浄・潔白の証となった神々で、市杵島比売命は神仏習合の時代には七福神の弁財天(弁天様)と同じ神として崇められていました。
古くから祇園の芸舞妓や美しくなりたいという願いを持つ人々のほか、美容や理容、化粧品業者の崇敬も集めています。
[スキマ情報]
社殿前には、神水「美容水」が湧き出ており、肌の健康を守り、心から美しく磨くとして、参拝者はこの水を2,3適肌につけて祈願をしています(飲用ではありません)。
[関連リンク]
http://web.kyoto-inet.or.jp/org/yasaka/shrine/utukushisha.html
-
- 悪王子社
-
素戔嗚尊の荒魂を祀ります。荒魂は、現実に姿を顕す霊験あらたかな神のこと。東洞院四条下ル悪王子町から烏丸万寿寺下ル悪王子町、四条京極と移動し、明治10年にここに落ち着きました。
[スキマ情報]
「悪」とは「強力」を表す言葉です。
-
- 刃物社
-
有志により昭和期に創建されました。平安の時代より明治維新に至るまで王城として栄えた京都では、刀剣を始め幾多の刃物製作の名工を輩出、刃物の基礎を培い、またここで修業した人々がその技術を持って各地に転出し、刃物の産地としての基盤を確立したことから、刃物発祥の地とも言えます。
-
- 太田社
-
祭神・猿田彦命(さるたひこのかみ)は天孫降臨の際に日神として先導を務めた導きの神。天鈿女命(あめのうずめのみこと)は天照大神の天岩戸隠れの際に岩戸の前で神楽を舞った神で、天孫降臨にお供をして猿田彦命と対面して共に導き、宮廷神楽を奉仕した猿女君(さるめのきみ)の祖であり、芸能の神として知られています。
-
- 大国主社
-
大国主神(おおくにぬしのみこと)は出雲の神で「大黒さん」と呼ばれる福の神・縁結びの神として有名です。多くの名を持ち素戔嗚尊の子とも六代の孫とも伝わります。事代主神(ことしろぬしのみこと)はその子、少彦名命(すくなひこなのみこと)は医薬の神で、大国主神と共に国造りに励みました。
-
- 日吉社
-
京都の鬼門(北東)を守護する方位除けの神様です。大山昨神(おおやまくいのかみ)は素戔嗚尊の三世の孫で、大物主神(おおものぬしのかみ)は七世の孫で大国主命の分魂です。
[スキマ情報]
日吉社の前の木の根元にある石は「夜泣き石」と呼ばれ、夜になると泣き出すと伝わります。
-
- 大年社
-
大年神は素戔嗚尊の子にあたり、穀物守護の神様。この辺り一帯の農耕の神です。祇園古宮ともいい、例祭日が節分の日のため節分の神とも言われています。
-
- 十社
-
素戔嗚尊の父神・伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
を祀る多賀社や母神・伊邪那美命(いざなみのみこと)を祀る熊野社など十の社が並んでいます。
-
- 厳島社
-
素戔嗚尊の持つ剣から生まれた三女神のうちの一神・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
を祀ります。容姿端麗で、舞を踊る事から舞踏・謡曲の神としての信仰を集めています。
-
- 祖霊社
-
八坂神社の関係者や関係物故者の御霊を顕彰し、祭神として祀っています。
-
- 五社
-
八幡社や竈社など五社が並び、それぞれ武の神、竈の神、風の神、薬の神、水の神が祀られています。
-
- 二見石
-
大神宮内の内宮と外宮の間にある岩。地軸に届くほど根が深いといわれ、「八坂神社の七不思議」の一つに挙げられています。
- 八坂神社の七不思議(祗園さんの七不思議)
-
ここも他の寺院と同じく、不思議とされる言い伝えがたくさんあります。
- 石鳥居
-
下河原通りに面しています。高さが9.5mあり、石の明神鳥居では日本最大級のものだそうです。
- 駕籠門(西楼門)
- 西楼門へ
- 疫神社
- 疫神社へ
- 南楼門
-
南楼門へ
- 北向蛭子社
- 北向蛭子社へ
- 本殿の御車寄せ
- 紫宸殿を模して建てられた本殿には東側に小さな御車寄せが設けられています。
- 竜穴(非公開)
- 祇園の御神水へ
- 竜吼
-
東の柱から西の方を向いて手を打つと天井に描かれている龍が鳴くかのように反響すると言われています。
- 忠盛灯籠
- 忠盛灯籠へ
- 二見石
- 二見石へ
- 力水
- 祇園の御神水へ
- 夜泣き石
- 日吉社へ