葵祭行事
近衛使代列
斎王代列
葵祭の行列の事を「路頭の儀」、賀茂社の神前で行われる儀式を「社頭の儀」と呼びます。 総勢500余名、馬36頭、牛4頭、牛車2基、輿1台、先頭から最後尾まで約1㎞に及び、王朝絵巻さながらの姿で京都御所を出発、市中を練りながら下鴨神社、上賀茂神社と向かいます。 行列は、本列と斎王代列に大別され、本列は勅使を中心にした列、斎王代列は女人列といわれ斎王代を中心にした列です。
行列を先導する騎馬隊で、左右各3騎。上賀茂神社の競馬会の騎手。 競争相手のため、左方と右方で衣装が違う。
警察・裁判を司どる。「志」は長官より4番目の役、6位。警察らしく、剣を持ち、狩胡を背負って、弓は調度掛が持つ。舎人の引く馬に騎乗し、看督長(かどのおさ)、火長、如木、白丁など下役を率いて行列の警備にあたる。 調度掛に弓矢を持たせ、鉾持に鎖を持たせて武装している。
検非違使庁の役人で、5位の判官。志の上役で行列の警備の最高責任者である。 巻いた纓の冠に、縫腋の袍をつけている。裾は青朽葉色をしており、弓つるを懐中し、馬具にも朱緩の辻総(房の間隔のあるもの)をつけている。舎人の引く馬に乗る。調度掛に弓矢を持たせ、鉾持に鎖を持たせて武装している。
山城介で山城国司の次官、五位の文官である。 賀茂の両社とも洛外になるので、山城の国司の管轄区域になるため督護の任につく。舎人が馬の口を取り、前後に馬副がつく。あとに手振、童、雑色、取物舎人、白丁など従者が山城使の所用品を携えてゆく。
宮中から賀茂神社の神前に納められる御幣物を納めた櫃で、下社二座、上社一座、合わせて三合の白木の唐櫃に注連縄をかけ、白丁にかつがれてゆく。衛士が先導している。
御幣物を司る内蔵寮(金銀宝器を保管し、供進の御服、祭の貢ぎ物などを司った役所)の七位の文官、御幣物を管理している。縹色(薄い藍色)の袍の束帯姿。 騎乗し両社に各1名が参向する。所用品を携えた雑色、白丁を従える。
走馬をつかさどる左馬允は、六位の武官で騎乗し、弓矢を調度掛に持たせる。
走馬ともいわれ、下、上両社の神前で走らせ、神々にご覧に入れる馬で、2頭の馬の頭と尾には葵、柱、紙垂れをつけている。1頭に4人の馬部がついて引いて行く。
俗に言う「御所車」。平安朝以来の乗用車的存在で、行列を一層引き立てている。藤の花などを軒に飾り、赤綱で飾った大牛の引き綱を、淡紅の狩衣姿に鞭を持った牛童が取っている。車方、大工職などの車役が、替え牛とともに従う。現在、勅使が乗ることはなく、行列の装飾である。
御物の和琴で「河霧」の銘を持つ。神前の奏楽用として舞人の前、2人で運ばれる。
近衛府の五位の武官で、歌舞の堪能者がこの日の舞人を勤める。6人が騎乗でお供する。それぞれ雑色、舎人、白丁が従う。 東遊(神事用の歌舞)を舞う。東国の民間舞踊が平安時代から宮中や神社で行われるようになったもの。 舞装束で緋色の無地闕腋袍で、巻纓の冠。袴は箔押摺袴。
近衛府の五位の武官で、この日は賀茂両社の社頭で歌をうたい楽器を奏する役を勤める。7騎が各種楽器を携えてゆく。それぞれ雑色、舎人、白丁が従う。
天皇の使いで、行列中の最高位者。四位近衛中将がこれを勤めるので、近衛使とも言われる。現在、勅使は路頭の儀には加わらず、代行者が勤め、当時の様式どおり、飾太刀、騎乗する馬も美々しい飾馬で、朧(御馬役人・くとり)が口を取る。舎人、居飼(鞍覆持)、手振が従う。
勅使の替え馬で、帰路に備える。舎人が牽く。
大きな傘に紺布を張り、錦の帽額総(もこうふさ)などをかけわたした上に牡丹や杜若など季節の花(造花)を飾り付けたもの。 毎年取り替えられ、袴に同じ造花をつけた取物舎人4人が2人ずつ交代で持ちます。
先の風流傘とは造花が少し異なる。本列の結びとなる。
高位の女官、高官の妻女で、小袿(こうちき)、単、打袴を装い花傘をさしかけます。
斎王は、平安時代には内親王が選ばれて祭に奉仕したものであるが、現在は未婚の市民女性から選ばれるので、斎王代と称される。御禊を済ませた斎王代は、五衣裳唐衣、俗に十二単の大礼服装で、髪はおすべらかしで、「心葉」(金属製の飾り)を付け、額の両側には「日陰糸」の飾を下げる。供奉者にかつがれた腰輿という輿に乗って参向する。 腰輿は四方が開放され御簾が取り付けてあるので、四方輿ともいう。
斎王付きの清浄な巫女(みかんこ)で、騎馬で参向するのでその名がある。6騎の女丈夫。
食事をつかさどる女官。小袿、単、打袴を装う。
斎院の物品、会計をつかさどる蔵人所の、雅楽を演奏する文官で、それぞれ楽器を持っている。
斎王の牛車で俗に女房車。この牛車には、葵と桂のほか桜と橘の飾りがつく。